
左の図がオリジナルのカーネーションの聖母、右の図は幼児イエスの視線とカーネーションの位置を修正したものです。
この二つの絵を見比べてみればどちらが本来の構図だったかは一目瞭然でしょう。画面中心付近に全てが集まる右側の構図と全てがバラバラな左側の構図では絵としての完成度が大きく違います。
問題は、なぜこのような画面の修正が必要になったのかなのですが、私はこれらの修正が必要となった根本的な原因はレオナルドによる胸元のブローチの追加描写だったと考えています。その追加手順は以下のようなものではないかと思います。
1、聖母が手にする花はまっすぐ上に伸びていた。
2、レオナルドが花の位置にブローチを描き加えた。
3、花をブローチに被らない位置まで移動した。
4、幼児イエスの視線の向きを花の方向に描き直した。
以上の修正で3番目の花の位置をブローチに被らない位置まで移動する際に茎の長い花を描く必要性が生まれ、その結果、画面にカーネーションが描かれることになったのがこの「カーネーションの聖母」誕生の理由ではないでしょうか。
本来この絵にはもっと茎の短い別の花が描かれていたはずです。
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カーネーションの聖母Oil and tempera on poplar, 62.3 x 48.5 cm Alte Pinakothek
特に聖母の頭部には大英博物館が所有しているヴェロッキオの素描「女性の頭部の習作」との関連性が顕著です。顔の輪郭、目鼻立ちの特徴、髪型の特徴もほぼ同じです。このカーネーションの聖母はヴェロッキオの「女性の頭部の習作」から描かれた作品と言われても何の違和感も感じないほど似ています。 おそらくこの「カーネーションの聖母」はヴェロッキオとレオナルドの共同制作的な作品なのでしょう。しかし、一体どの部分をヴェロッキオが描き、どの部分をレオナルドが描いたのかという点を判断するのはかなり難しいと感じます。 まず無難な点から挙げるとするならば、風景を含む背景は間違いなくレオナルドでしょう。そして花瓶と花もレオナルド以外考えられません。聖母マリアの胸元のブローチもレオナルドに間違いありません。そしてこのブローチとセットになっている聖母の青い衣装もレオナルドが描いた可能性が高いと感じます。その理由はこの青い衣装のデザインが胸元を少し開いた形になっていて聖母の衣装にはふさわしくないからです。 この時代に描かれる聖母の衣装は決まって胸元をしっかりと閉じた衣服で描かれるのが絶対的な決まり事なのです。聖母の衣装に胸元が開いた衣装などありえないのです。 そして、この青い衣装とは対照的に聖母の赤い衣装は胸元がしっかりと閉じられた伝統的な衣装で描かれています。おそらくこの「カーネーションの聖母」は描かれた当初は胸元から腰まで全身が赤い衣装で描かれていたはずです。なぜならこの時代は赤い衣装に青いマントが聖母マリアの絶対的な決まりごとだからです。 このように、青い衣装まではレオナルドでほぼ間違いないと思いますが、問題は聖母マリアを描いたのは誰なのかという点です。 可能性として一番高いのはヴェロッキオが描き始めてレオナルドが仕上げたというパターンでしょう。聖母の顔が油彩で塗り直されているので仕上げたのはレオナルドに間違いありません。ただ、描き始めたのが誰なのかという点に関しては非常に難しい問題だと感じます。 私は描き始めたのはヴェロッキオではないかと考えています。理由は聖母の首から肩の描写です。こういった首が長く独立している描写をレオナルドはほとんど描きません。レオナルドの場合、肩の描写は弧を描くように丸く描き、描かれる位置も高いのが特徴です。こうした首から肩にかけての描写がヴェロッキオであるならば、顔を含む頭部全体を描いたのも当然ヴェロッキオということになるでしょう。 そして次は幼児イエスの問題になります。この部分も判断に迷う難しい部分ですが、私は幼児イエスの頭部はレオナルドが描いたと見ています。理由は頭部の輪郭がブノアの聖母の幼児キリストとほぼ同じ特徴を見せているからです。 さらに、このイエスの頭部にはマリアの頭部と同様の無数の皺が確認できます。この皺の原因は完全に乾いていない描画の上に重ね塗りをした時に発生するものです。このことからこれらの重ね塗りをした人物がまだ油彩画の基本的な扱い方を熟知していないことを示しています。つまり、この部分を加筆したのはレオナルドということになります。 そして、幼児イエスの手や足の描写に関しても「ブノアの聖母」の幼児イエスと比較的よく似た特徴を見せているので概ねレオナルドの描写と見て差し支えないでしょう。ただ、全体的なプロポーションに関してはやや胴長的な間延びしたような点があり、「ブノアの聖母」の幼児イエスのプロポーションとは違う点が気になります。 もしかすると全体的な輪郭がヴェロッキオ、細部の描写はレオナルドなのかもしれません。
Alte Pinakothek 80333 München
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